sgotoの日々是好日

茶道と共に歩み考える日々を綴ります

日の丸と宗旦

日の丸むくげ(左)と宗旦むくげ(右)


茶室の床の間には茶花がつきものだ。が、この茶花というのがお茶の稽古をする者にとってはなかなか悩ましい。私が初めて茶花と向き合うことになったのはかれこれ二十年くらい前のことだろうか。

当時通っていた茶道教室には「お当番」という制度があって、当番に当たった人は通常より少し早めに稽古場に行ってその日の稽古の準備をすることになっていた。お湯を沸かし、釜の用意をし、茶入や棗や茶碗、茶杓、柄杓、茶筅などの道具を棚から出して清める。床に軸をかける、茶花を用意して花入に入れる等々が主な仕事だ。

この「お当番」は二人一組のペアで、二ヶ月に一度回ってくる。たとえ二ヶ月に一度とはいえ花を用意して花入に入れるというのは私には途方もなく難儀なことに思われた。その頃の私はろくに花の名前すら知らなかったのだから。

一緒にペアを組んでいた先輩のMさんはそんな私に代わって季節の花を用意してくれただけでなく、時にはお花の名前を教えてくれたり、目の前で花の根元を焼いて水揚げするところを見せてくれたりもした。

そのうちに茶花というのがどういうものか私の理解も進んできた。日本に昔からある野の花を用意すること、いけばなとは違って剣山や針金は使わないこと、白い花を最上として赤い花は避けること、などなど。

が、私をもっとも驚かせたのは「花は花屋では買わない。当日の朝、庭から切って持ってくる」ということだった。

そんなこと言われても困る。花を育てることにはまったく縁がなかったし、そもそもわが家には庭というものがない。どうしたものか。そうか。切花を買ってはいけないというのなら、鉢に植えられた花を買ってくればいいのだ。蕾のついた鉢さえあれば、稽古の日にそこから切って持っていけばいい。

私は当番の日が近づくと週末に大きな温室のある園芸店に行って茶花になりそうな鉢植えを物色することにした。うまくタイミングがあえば蛍袋や河原撫子や桔梗、藤袴、ススキなどが手に入った。しかも花屋さんで切花を買うよりずっと安かった。もちろん空振りの日もあったので、そんな時は仕方なく花屋で茶花らしく見えそうな花を探して持って行った。

が、これだけではまだまだ足りない。夏はどうしたって木槿(むくげ)が要るではないか。

木槿は夏の茶花の王様だ。木槿さえあれば夏の床の間は万全と言えるのだが、朝咲いてその日のうちに萎んでしまうから当然花屋にはない。木槿が欲しければ自分で育てるしかない。

私はついに腹をくくって園芸店で売られていた鉢植えの木槿を買ってきた。白くて大きな花、中央だけが赤い。師匠がよくおっしゃっていた底紅の花だ。これこそ「宗旦むくげ」というものに違いない。宗旦は利休の孫、千家の三代目の家元だ。その名のついたむくげであれば茶花として申し分ない。

私は初めて「茶花を育てる」ことに取り組んだ。幸い木槿は丈夫で私のような園芸素人の下でもすくすくと育った。木槿には小さなアリがつく。そのアリがアブラムシを運んできて木槿の枝で牧場を開こうとするのには参ったが、毎朝水をやり、時には肥料を与え、雑草を抜いて、花の時期が終わると枝を切ってやった。

翌年、翌々年と我が家の木槿は毎年大輪の花をいくつも咲かせたが、どうにも解せないことが一つだけあった。花びらがすぐに反り返ってしまって花入に入れても格好がつかないのだ。育て方が悪いのだろうか。

翌日咲くであろう蕾がついた枝を前日の夕方に取り、蕾の周りに新聞紙で漏斗状の覆いを作って花がある程度までしか開かないようにしたり、様々な工夫をして夏の時期はなんとかこの花を使おうと私は必死だった。

が、ある年の夏のこと。誰かが稽古場に「宗旦むくげ」を持ってきた。白い花びらで花の中央だけが赤いその花は、我が家のベランダにあるものよりずっと小さかった。花びらも全く反っていない。楚々とした風情があって愛らしい。たしかにこれなら茶花にはぴったりだ。

でも、これが「宗旦むくげ」だとしたら、我が家のはいったい……?

私は「白花で底紅」ならすべて宗旦むくげだと思いこんでいたのだが、よく調べてみると「白花に底紅」の木槿は他にもいくつかの種類があるらしい。我が家の木槿の本当の名前は「日の丸」だということがわかった。たしかに白い大きな花の中央が赤いその姿は我が国の国旗に似ている。もしかして私はあまり茶花には向かない品種を一生懸命育てていたのだろうか。

なんということだろう。

が、私は日の丸木槿の鉢を処分する気にはなれなかった。毎年毎年花を楽しみにするうちに、すっかり愛着がわいてしまったからだ。形はどうであれ、夏の朝に清々しく咲く花を見る喜びは何にも替えがたい。気がつけば我が家のベランダは木槿や椿、そのほか様々な茶花の鉢が所狭しと並ぶようになっていた。

その後、私は偶然駅前の花屋の店頭で「宗旦」と書かれた小さな木槿の鉢植えを手に入れることに成功した。この子もいずれ日の丸のように育って私の役に立ってくれることだろう。

毎年六月の末から七月になる頃に我が家のベランダで木槿が咲き始める。このエントリを書くことにしたのは他でもない、今朝(これを書いているのは六月三十日だ)、日の丸と宗旦が同時に今年一つ目の花を咲かせたからだ。

写真を撮るために近寄ってみると、どちらの花も雌しべに沢山のアリが付いていた。アリまみれのむくげの写真はさすがに載せられないので昨年撮った写真を添えておきます。