sgotoの日々是好日

茶道と共に歩み考える日々を綴ります

初めての東京初釜式

お土産にいただいたお扇子「招友供清茗」と書かれている

 まさか私が初釜式にお呼ばれする日が来るとは思わなかった。

 初釜式は年頭の、そして流派最大の盛大なお茶会である。我が流派の場合は例年京都で6日間行われたのち、東京に場所を移して4日間開かれるのだということくらいは毎年流儀の会報や機関紙で報じられるから私も知っている。写真に写っているお客様は他流のお家元であったり、テレビで見かける有名な国会議員だったりする。

 もちろんそうした「特別なお客様」以外に、流派の先生方もこの日ばかりは客として招かれる。亡き師匠は毎年東京初釜式にお呼ばれしていたしそれを楽しみにされていた。「お家元で出される花びら餅はお味噌がとろーりと流れ出してきてとても美味しいのよ」とおっしゃっていたっけ。

 今年は新型コロナウィルス流行の影響で初釜式の規模もかなり縮小されて、招待客の人数も減らされているという話だったので「私のような教授者になって日の浅い者が呼ばれることはないだろう」と思っていた。

 が、届いたのだ。白い封筒に麗麗とお家元のお名前が書かれた招待状が。

 初釜式に私のような若輩が出席しても良いものなのか?いや、ご招待があったのだから出席すべきだろう。社会情勢を考えると今はまさに一寸先は闇。いつこの身が新型コロナウイルスに苛まれないとも限らない。来年呼んでいただけるかどうかもわからないのだし。

 私はすぐに返信はがきの「出席」のところに○をつけて投函した。

 気がつけばまたたく間に年が明けて初釜式の日がやってきた。私は一張羅の訪問着にその昔師匠からいただいた袋帯を締めて会場である通称「東京道場」に向かった。

 「きものサロン」や「美しいキモノ」などの着物雑誌によれば初釜というのは目一杯頑張って装うべきものであるらしい。訪問着か色留袖かで迷ったが、留袖にはたしか比翼というものをつけるはずだ。慣れないことをするとボロが出るので訪問着にしたのだが、どうやらこの判断は正しかったようだ。

 会場についてみるとほとんどの先生方の装いは品の良い付下げ、何人か訪問着の方がいらした。色留袖や三つ紋の色無地などは見かけなかった。なぁんだ、普通の大寄せ茶会と何ら変わらないではないか。こうした場でドレスコードを外してしまうと一日中落ち着かないものだが、私の訪問着には一つ紋が入っている。これなら何とかセーフだろう。

 受付をしてクロークに荷物を預けた後、履物を預けて雪駄に履き替えるよう言われた。大勢のお客様が来られる茶会では履物の取り違えというトラブルがよく発生するのだが、最初に全員が雪駄に履き替えていればその後は「どれが私の履物なのか」を気にする必要がない。よく考えられているなぁと感心する。(それにしてもこんなに大量の雪駄、保管しておくだけも大変そうだけれど)

 待合では支部の先生方何名かにお会いしたのでさっそく新年のご挨拶をする。席入の時間は支部単位であるらしいと事前に聞いていたが、顔見知りの先生方にお会いするとやはりほっとする。

 だが、お会いするのはご年配の先生ばかり。私と同世代の方々がほとんどいない。五十人近く入れる待合のお部屋で周囲を観察してみたが、明らかに私より若いと思われる方は二人だけ。どうやらここでの私はかなりの若造であるらしい。そう思うと緊張する。粗相のないようにせねば。

 ようやく番号を呼ばれて最初に通されたのは展観席だった。広いお部屋の壁には会記が貼られていてこの日のためにお家元がご用意された様々なお道具や掛軸が飾ってあった。そんな中私の目に留まったのは御宸翰(ごしんかん)の箱であった。初釜式に例年登場するという金色に輝く正親町天皇の御宸翰。あれこそ私の中では「ザ・御宸翰」である。それが収められているというお箱は思いのほかあっさりしていた。

 ちなみに御宸翰そのものは今年は茶席ではなく展観席のお隣の広間の床にかけられていた。「うわー本物だぁ、やっぱり金ぴかだぁ」とまるでど素人のような感想しか出てこない。そして床脇に飾られた蓬莱山飾りの大きくて立派なことに驚く。これじゃあ物見遊山の観光客だわ、と思いつつも興奮が抑えられない。

 そしていよいよ濃茶席へ。点茶盤の立礼席である。一人一人が十分に距離を取って座れるようにとのご配慮であろうか。大きな菱葩も、立派なお茶碗でいただくお濃茶も美味しかったが、この日の茶席の一番のご馳走はお家元様がとてもお元気そうで、明るく和かに迎えてくださったことだった。昨今は健康であること、息災であることこそ有難い。

 (備忘録1:これまで点茶盤を使うときは切り合わせの風炉を使うのが約束なのだと思い込んでいたのだが道安形の風炉に平丸釜という取り合わせだった。後ほど淡交三月号に掲載された会記でも確認済み。「えっ、これアリなんだ」と驚いた。)

 卯年のお道具はウサギの意匠があちこちに使われていて全体に軽やかであった。お家元の父上、前家元の大宗匠が今年百歳を迎えられるということもあり、お席は祝意に満ち溢れていた。新しい年、飛躍の年にお家元のお点前を拝見し、同門の皆様と共に濃茶をいただく。なんと贅沢なことだろう。

 お茶は清風園「秀峯の昔」、昨年5月にA先生のお茶会でいただいたのと同じ銘柄で私にとっては嬉しい驚きだった。「清風園はK業躰の社中なんですよ」とお家元が紹介された。「出た!本日のTMIだ」と私は心の中で快哉を叫んだ(なんとミーハーな)。

 (備忘録2:後日淡交で確認した会記によれば抹茶は複数のお詰元のものをご使用になられていたことがわかった。どういう使い分けをなさったのかは不明だが私の入った席ではこの銘柄が「偶然当たった」のだろう。)

 続く薄茶席では若宗匠がお点前をされた。こちらも立礼(御園棚)。若宗匠は屈託がなく、お話も上手な方だった。「僕の声初めて聞いたという方いらっしゃいますか?」と言われ私も正直に挙手した。若宗匠にとってこの薄茶席は「同門社中に対するデビュー戦」であったのかもしれない。だとするとこの場に参戦できた私はとてもラッキーだった。

 薄茶席は本当にあっという間で、福引を引いたり(残念ながら結果はハズレ)帰りのお土産とお弁当(今年は祝膳のお席は無かった)をいただいて道場を後にした。

 ちょうど同じお席に入っておられた社中の先輩から「帰りにつぼつぼもらっていきましょう」とお声をかけていただいて、道場のすぐそばにあるお茶道具屋さんに寄った。ここでも一服いただけるらしい。なるほど、そんなオマケのお楽しみもあるんだ。別のお茶道具屋さんの前を通ったら今度は手帳がもらえた。

 うーん、人生にはこういう日もあるのだなぁ。

 初めての経験をたっぷり味わった初釜式。後になって振り返ってみると、せっかく訪問着を着たのに自分の写真を一枚も撮っていなかったことに気づいた。やはり相当緊張していたのだろう。もったいないことをした。

 来年も初釜式に行けるだろうか。そうなったらいいなぁと思う。