sgotoの日々是好日

茶道と共に歩み考える日々を綴ります

折据の神様

折据と花月


久しぶりに社中の皆さんと花月(かげつ)の稽古をすることにした。

花月(正式には「花月之式」という)はわが流派に伝わる集団稽古の一種である。江戸時代に華美な茶の湯を好む傾向を憂えた当時のお家元が精神面と技術面の両方を鍛えるために考案されたそうだが、一説にはこの時代に利休回帰が叫ばれ茶の湯を習おうという人が急増して、複数人が同時に稽古をするために作られた、とも言われている。

わが流派はこの「花月」という稽古が大層盛んで、現在では様々なバリエーションがある。その中でも一番の基本となる「平花月之式」を皆でやってみようというのだ。

花月とふだんの点前稽古との一番の違いは五人ひと組で稽古をするという点にある。元々人数の多い高校や大学の茶道部では、夏合宿でこの稽古をよくやるのだそうだ。学生さんにできるのなら大人だってできるに違いない。そこで「夏の特別稽古:花月」と題して参加者を募ってみることにした。

休日の午前中という時間帯にお茶室を借り、皆さんにはふだんよりも早い「朝9時半に集合で」とお声をかけてみたところ、四名の参加希望者があった。一人足りないが夫にも加わってもらえばなんとかできそうだ。ふだんは指導する側の夫も「僕はまだ花月を教えるのは無理だから、教わる側で参加したい」と言ってくれた。

社中で花月の稽古をするのはコロナの影響もあって本当に久しぶりで、私自身も前回やったのがいつだったかは覚えていないほどだから、参加される皆様にとってははるか記憶の彼方だろう。しかも今回花月の稽古が初めてという方もお一人いらっしゃる。

そんな状況でいきなり当日ぶっつけ本番で稽古をするのは到底無理な相談だ。そこで稽古の前に皆様に簡単な「予習」をお願いすることとした。

 ・「花月」とはなんですか?

 ・「折据」「花月札」とはどんなものですか?

 ・亭主役と客役はどうやって決めますか?

 ・稽古の流れはどうなりますか?

 ・「仮座」とはどこですか?

等々の簡単なQ&A形式の資料を作って、参加する皆様に稽古の前三日間に分けて少しずつLINEで配信するというお茶の稽古としては少々異例な方法を採用してみた。この資料のターゲットは今回初めて花月稽古に参加するEさんだ。頭の良い若い方だから、これを読めば事前に稽古のイメージをつかんでもらえるだろうというのが私の目論見であった。

何しろ当日茶室が使える時間には限りがある。稽古の準備をし、花月を何回かやってすべての道具を片付けるとなると当日になってから「花月とは・・・」なんて悠長に説明している暇はない。私はいつも以上に念を入れ、持っていく道具、当日の干菓子(花月の稽古では上生菓子は使わない)、稽古の段取りを考えて臨んだ。

さて、稽古当日は予定通りに朝の9時半には全員が集まった。事前に「誰か一人でも欠席者が出たら中止にします」とアナウンスしておいたのが良かったらしい。「自分が休んだら稽古が中止になると思うと緊張しました!」と皆さん口々におっしゃっていた。

さっそく折据から札を引いて亭主役、正客から四客までの席順を決める。折据というのは厚紙で作られた折り畳み式の箱のようなものだ。この中に五枚の札を入れておく。表には松の絵が描かれているが、裏は「月」「花」「一」「二」「三」の絵と文字が書かれていて、これを伏せた状態(つまり松の絵が見える状態)で入れておく。

ここから一人一枚ずつ札を取っていき、最後の人が札を取ったら一斉に裏返して書かれた文字を読みあげるのだ。「月」は正客、「花」は亭主、「一」「二」「三」はそれぞれ次客、三客、四客になる。

亭主はベテランのHさん、正客は初めて花月稽古をするEさん。次客は花月二回目のMさん、三客は二十年ぶりに茶道の稽古に復帰したばかりのYさん、四客は夫に決まった。

最初の難関は席入だが、経験の浅いEさん、Mさんがすんなり席入できたのでここは難なくクリア。一度やってみせればそれを見て真似ができるという点でお二人とも実に優秀だ。主客総礼した後は帛紗を腰につけて四畳半に移り、折据を回して全員が中の札を取って初花(最初にお点前をする人)を決める。初花は夫だった。

花月では「花」の札を引いた人が点前をして薄茶を点て、「月」の札を引いた人がそのお茶を飲むというのを四回繰り返すのだが、どういうわけか特定の人が何度も「花」を引くということがよく起きがちだ。何度も「花」を引いて点前ばかりする人には「今日は大当たりの日ですね」と言ったりするのだが、この日の「大当たり」はなんと夫だった。

折据の神はどうして私にこういう意地悪をするのだろう。せっかく四名の方と一緒にお稽古しているのに、夫ばかりが「花」では稽古の意味がないではないか。

花月の稽古の要点の一つは「花」を引いた人の歩き方にあるといっても過言ではない。自分の席から点前座へ、点前座から仮座へ、仮座から空いた席へどのように歩いていくかを皆さんに体験してもらいたかったのに。

最後(つまり四碗め)の茶碗が亭主の元に戻ると総礼していよいよ「座がわり」だ。座がわりとは全員が一斉に「自分が最初に座っていた位置に移動する」ことを指す。これが、花月のハイライトであり一番難しい動作になる。

立ち上がったのは初花と三の花が当たった夫と、二の花が当たったベテランのHさんの二人だけで、一度も「花」の札を引かなかったEさんは座がわりの時も座ったままだった。

仕切り直してもう一回花月をやったが、やはり夫が「花」を二回も引いてしまったし、Eさんは次客の席から動かず仕舞いだった。札のめぐりは完全に「運」だ。せっかくの稽古なのでEさんにも色々な動きを経験してほしかったのだが、まったくそうはならなかった。実に残念だ。が、意外なことにがっかりしたのはただ一人、私だけだった。

花月稽古を終えた皆様のお顔はそろって晴れやかで、目をキラキラさせながら「ゲームみたいで楽しかったです」「難しかったけれど、またやってみたいです」と喜んでいらした。大当たりで何度も茶を点てることになった夫までが「今日の花月は今までで一番楽しかった!」とご機嫌であった。

私はなんとかこの機会に皆様に花月という稽古を理解してもらおう、覚えてもらおうと気ばかり焦っていたのだが、皆様がこの稽古から感じてくださったのは、お互いに茶を点て、茶を飲むという楽しさだったようだ。

そういえば私にも昔、そんな風に感じられた頃があったっけ。初めて花月をやったのはもうン十年も前のことで、そんな思いはすっかり忘れていたけれど。

折据の神様。先ほどは意地悪だなんて言ってごめんなさい。今日は皆さんに「花月の楽しみ」を与えてくださってありがとうございました。

近いうちにまた花月の稽古を企画しなくてはなるまい。