sgotoの日々是好日

茶道と共に歩み考える日々を綴ります

各服点の謎

 新型コロナウィルスの影響で全くお茶会がない。というより、もう春先からずーっとお茶会がない。世間ではやれGo to トラベルだGo to イートだと「新型コロナウイルスなんか気にせずに経済を回そう!」という掛け声が盛んだが、茶の湯の世界ではそう簡単にはいかない。

 お茶会はリスクが高い。部屋の中に大勢が集まるし、女性の多い世界のことだから当然お喋りもする。茶室自体の換気をよくすれば三密にはならないだろうが、飲食を伴うし、何より茶碗の衛生管理が難しい。茶道で使う茶碗、とくに茶会で出すような茶碗の中には到底煮沸消毒なんかに耐えられないものもある。

 しかも大寄せ茶会に集まるのはご高齢の方が大半だ。万が一感染して重症化するようなことになれば人間関係にもヒビが入る。もっと怖いのは患者のクラスターが発生して世間から「お茶は危ない、すぐにやめるべし」と指弾されることだろう。そうなってはたまらない。

 我が流派のお家元もそこは非常に危惧されているところだろう。稽古や会合などあらゆる場所での注意事項を細かに上げ「その地域の状況を踏まえて慎重に」対処するよう求めている。さらには「各服点」という濃茶の点前を同門の方々に推奨されている。

 濃茶というのは本来亭主が一つの茶碗に三人分、あるいは五人分の茶を練って出し、客はこれを回し飲みでいただくというのが千利休以来の作法として受け継がれてきた。この作法はお互いの心と心を近づける、いわば利休の茶の真髄でもあるのだが、人の命がかかっていると言われればそうも言ってはいられない。

 各服点という点前では、五人の客に一人一碗ずつ濃茶を出す。考案者は十三代目のお家元(現在のお家元は十六代なので、曽祖父にあたる方)で、明治から大正に活躍された方である。流行病というのはどんな時代にもあるものだから当時も何か「濃茶の回し飲み」ができない事情があったのかもしれない。

 お家元が各服点普及のために点前の様子をビデオで撮影し、これを動画として流派のWebサイト上で公開してくださったので、私もこれを見てみた。そして驚いた。

 え、ええ!?

 点前の手順はさほど難しいものではない。正客(一番最初の客)にまず濃茶を練って差し上げた後、いったん水屋に下がって四人分の茶碗に抹茶を入れたものを載せた長盆を持ち出し、これを一碗ずつ練って盆に乗せ、盆ごと出すのである。

 私が驚いたのは、水屋から出した四つの茶碗で濃茶を練る時間があまりにも短い、ということだった。あんまり短いのでどのくらいの回数茶筅を振っているか数えてみたところ、一碗あたり約三十六回だった。茶筅をたった三十六回動かしただけで濃茶を練り上げることができるだろうか?

 答えは否、少なくとも私には無理だ。

 たしかに四服の濃茶を一度に練り上げるにはできるだけ短い時間で仕上げないと茶が冷めてしまうというのはわかるのだが、甘くふくよかな香り高い濃茶を練るには丁寧に、しっかりと照りが出るまで練るのではなかったのか。

 試しに自分で濃茶を練ってみたが、三十六回茶筅を動かした段階ではまだ照りは出なかった。飲んでみると苦い。照りが出るまで練るにはその倍の回数(つまり倍の時間)をかけないと無理だと分かった。だが、何度ビデオを見返しても手早く濃茶を練っているのは間違いがなさそうだ。私の練り方と何が違うのだろう?

 最初は「実は水屋から茶碗を持ち出す段階で、すでに少し茶が練ってあるのでは?」と疑ったが、もしそうならお家元はそのように解説されるはずである。ということは違いは腕前だけ???いや、他にもなにかあるのではと目を凝らしてみる。

 一つあきらかに違うのは茶碗だ。私は楽茶碗で濃茶を練って試したが、各服点で水屋から持ち出す茶碗は数茶碗、少なくとも楽ではない。風炉のビデオでは白っぽい茶碗が使われていて何の焼き物かわからないが、炉のビデオの方は黄伊羅保か何かのように見える。楽茶碗でない方が早く練れるなんて聞いたことはないけれど、やはり試してみた方が良いだろうか。

 私が悩む様子を見て夫がぽつりと言った。

「一番高い抹茶買ってくればいいんじゃないの?お家元の皆さんは高い抹茶しか使ってないんだろうから」

 

 それを言ったら身も蓋もないではないか。でも、一理ある。

 高級抹茶の持つ力は偉大だ。茶を練る者の上手下手などやすやすと飛び越えるくらい美味しい。だがもし

各服点が高級抹茶の力を借りないと成り立たないお点前なのだとしたら、稽古ではそんな抹茶は使えないから、客は練りの足りない不味い濃茶を飲まなければならないことになってしまう。

 私はまだ負けを認めたわけではない。高級抹茶の力=金の力以外の方法で、この三十六回の謎を解く方法がないかどうか、研究を重ねていきたいと思うが、もしかして本当に高級抹茶なら三十六回茶筅を動かすだけで飲めるかどうかを確かめておく必要はあるだろう。

 というわけで本日、上林の「嘉辰の昔」20gをポチっとした。さてどうなることか。